漂流する住宅政策

切符

景気が悪化し、派遣をがんがん切る動きは止まらない。

彼らが直面するのは、金銭的問題ももちろんだが、寮を追われることにより、解雇→ホームレス化というルートに直行する危険を孕むものだ。はてなには格差社会や、貧困や、労働の問題を憂う記事が沢山あるけど、住宅に関する記事はあっても、賃貸と持ち家の比較ばかりだ。


衣食住は全ての基本です


衣食住足りて礼節を知る。という諺がある。

おいしいご飯を食べて、暖かい服を着て、暖かい布団で寝る。これを保障しない国家に何の存在価値があるのだろう。


「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」

日本国憲法第25条第一項 生存権


記憶が正しければ、中学校でやった内容だ。もっとも、プログラム規定説とかあって、その辺は専門家に譲るわけだけど。


日本の住宅政策はどうなっているのだろうか。


日本の住宅政策は終焉を迎えた。


これが遥の思う所。実は、住生活基本法案というのが新たな日本の住宅政策の主力を担いつつある。


どんな内容かというと、戦後直後の法案というのは、焼け野原からの復興に向け、多くの国民に優良な住宅を国の施策で提供していくのが目的だった。でも日本はまもなく人口減少社会を迎える。生めよ増やせよの時代は終わりつつある。
そこで、今のままではいけない、という理由で、出てきた法案だ。

中古の住宅を活用し、ストック重視の住宅政策を展開する。何世代も住める住宅にする。一人あたりの豊かな住宅のクォリティーを追求する。その為に、国の支援(例えば住宅ローンの減税とか、地方自治体の援護策とか)を推進していこう。量から質への転換を図る。

住宅基本法によって大きく変わること

その1.公営住宅の建設は、以前より少なくなるだろう(遥推定ではほとんど無くなると思う)

理由
住宅金融公庫や都市整備公団と言った、戦後の住宅政策に大きな寄与をはたしてきた組織は、
将来的に廃止されることは、今日までの「改革」で決定されているため。

以前は、住宅建設五ヵ年計画という計画があり、
公共住宅の設置に対する戸数目標が存在した。


だが、住宅基本法では公共住宅供給に関する目標設定は消滅した。
住宅基本法によれば、各自治体の裁量で建設を続けることは可能だが、
負債が増えることを良く思わない自治体でこれら廉価な住宅の供給を期待するのは難しいだろう。

これが大きく変わることの一つ。

小さな政府を目指す中で、住宅に関しても、官から民への委譲が始まっている。
民(=企業)にできることは民に、と言った首相がいたが、
住宅に関しても、これからは民主導で動いていくということだろう。



その2.オーバースペック住宅が沢山増える

住宅基本法に従い新たに策定された「住生活基本計画」

概要はhttp://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/07/070915_.htmlで見てねって話だけど。
とりあえず、まとめる。基本はストック重視・市場重視・福祉重視・街づくり調和重視

後半二つはよくわからんので省略する。ストック重視と市場重視。
これがおそらく、住宅基本法に基づくの大きな柱だ。


その1、良質な住宅ストックの形成及び将来世代への承継
その2、良好な居住環境の形成
その3、国民の多様な居住ニーズが適切に実現される住宅市場の環境整備
その4、住宅の確保に特に配慮を要する者の居住の安定の確保


その4以外の所は具体的数値目標でびっしりだ。何十年も住めて、災害にも強くて、しっかりした住宅性能の書かれた住宅。


それはそれは凄い立派な住宅なんだろうなぁ。と思う。で?いくらなのかな?と遥的には聞いてみたい。質ってのは、質は高いけど高価なんじゃねーのかと。誰が買うの?(200年安心住宅とか、100年安心年金プラン並の安っぽさを禁じえない)大体、これからもまた市場に任せるとか言ってるけどさ…。30年ローン組んで、毎日働いて、そして掴まされた家は数年でぼろぼろ。で、新200年住宅とか言っている始末でしょ。


どう考えても「市場の失敗」じゃないの?


今度はあれだな、防火住宅です!!と言って防火材に似て非なるもので家作ったり、
やっぱり、耐震偽装で、あっという間に家がおじゃんになったり、
省エネルギーとかいいつつ、作る部材の方が省エネじゃなかったりして、やっぱり売ったもんがち、売ってしまえばこっちのもん。


みたいないつかの構図が繰り広げられるのだろうか。


そんな不良住宅つかんで一生金払うなら公共住宅で住み続けるのもいいかもな。
都内の公営住宅は倍率が数十倍に跳ね上がってるけどね。



不動産屋は所得が毎年下方修正続ける国民に、
どうやって家を売りつけるか一生懸命考えた方がいいかもね。

所得と持ち家比率は比例してるけど、所得はこれから平均としては下に向かうと思うから。

住宅は民の力に任せるには余りにも「重要すぎる」問題ではないだろうか?


敷金礼金無し、賃料滞納、即強制退去住宅がありましたね、ニュースで。

これぞ民の力(笑)
家をブルドーザーで破壊して高速道路作る中国並の快挙。

公営住宅はなかなか人を追い出せないけど、民間は余裕でこれをやってのける、
おまけに居住者の荷物まで捨ててしまうクォリティ。


やっぱり民の力ってすごいや!!!!!!(笑)

民にできることは、民に!!

もうね、遥思うに、「商売向けの住宅」と人が最低限必要とする「生活基盤としての住宅」は分離すべきではないのかね。
何でもかんでも市場に委ねるのは危惧を覚える。買いたければ汐留のマンションでも買ってればいい。買いたければ立派な家に住めばいい。でも、そうではない選択肢も用意するべきだ。


因みに、欧米諸国の住宅政策の変遷を本で漁ったが、貧困者向け、低所得者向けの住宅は市場原理では供給されにくいことが過去50年の歴史により証明されている。理由は簡単だ、あなたが人に貸して収入を得るための家を建てた、定期的に収入の入る人、不定期で収入の低い人、どちらに家を貸したいか?


ということだ。市場は市場原理で動いている。上の結果は、当然過ぎる。

そうなると、民の力(笑)では低所得層向けの住宅の供給が難しい事になる。
でも、国の方針は前述の通りで、公営住宅の建設目標は消滅し、既存公営住宅の低所得層も市場化に伴い、近隣賃貸料金に近い価格まで負担を強いられる可能性がある。(なんかニュースであったよね、そんなの)


遥は思ったね、これから、きっと低所得者層は(政策上は)この世界から一層されるんじゃないか?って。

持ち家率の高い社会=豊かな社会だろうか?


ウサギ小屋なんて揶揄されるけど日本の持ち家率は高い。それが生活水準の高さを示すと言う人もいる。だが、経済的豊かさと持ち家率というのは必ずしも比例するものではない。


持ち家中心の社会は、公共住宅及び、借家が非常に貧弱である場合が多い。借家は仮の住まいであり、将来的には持ち家に住む。という事を前提に社会が組み立てられている。日本の住宅は賃貸が非常に貧弱であり、将来は持ち家にせざるを得ない状況が現実としてはある。

持ち家事態の面積は、欧米と肩を並べるが、賃貸に関する面積は欧米に遠く及ばない。もちろん、それは、各国の地理的状況にも依存するわけだけど、それにしても賃貸は狭い。


率直に申し上げて、今後の日本で住宅のスクラップアンドビルドを実現するのは無理な様に思える。住宅の着工も落ち込んでいるが、そもそも、そんな高価な家を購入できる層が限られているにもかかわらず、国民全体の所得はこの10年で下がったからだ。(富裕層除く)

大きな政策的な誘導がない限り、今後もこの傾向は続くだろう。政策からこぼれる人達はどうするのだろう。あまり、そういう想定がこの国の政策にはない。

市場主義に任せれば貧困者向けの住宅は供給されない。その理由は、儲けが少ないからだ。簡単なことだ。



ほんとどうすんのかね、この無策っぷり。
まー自分がつけ払わない様に願うわ。



他の人の住宅に関する諸政策への考えも聞いてみたい。
所詮ただのリーマンではこれが限界。